菊水鉾は京都八坂神社の祇園祭の鉾で唯一の唐破風屋根を持つ鉾で、元治元年(西暦1864年)の兵火で消失した後、88年振りの昭和27年に巡行に参加した昭和の鉾です。菊水鉾の名前は町内の武野紹鴎(たけのしょうおう)の邸(やしき)あった「菊水井」にちなんで名付けられています。武野紹鴎(たけのしょうおう)は茶祖、千利休の師でした。鉾頭は金色に輝く十六辨菊華(じゅうろくべんきくか)で直径は50センチ程あるそうです。唐破風の大屋根の上には小さな夷座像が黒く光っています。
菊丸と呼ばれる能の舞姿の稚児(ちご)人形は無形文化財の人形師、岡本正太郎によって昭和31年に作られました。能楽枕茲童(まくらじどう)に登場する菊丸は菊の露を飲んで700歳も生き抜いたそうです。
大きな3羽の鶴が輪型に舞う前懸は染色作家の皆川月華(1892〜1987、94歳で没)の作品です。
豪華な胴懸の右側には麒麟、左側には獅子が描かれており、これも皆川月華の作品です。
見送りの孔雀花草図は皆川月華の染色とと長谷川文平の刺繍により作られました。
前部軒下に翠簾を掛けているのも菊水鉾の特徴で、三輪晃勢(みわちょうせい)の絵による美しいものです。
菊水鉾のくわしい解説と写真は別サイトの菊水鉾のぺーじをご覧ください。