根本中堂
(こんぽんちゅうどう)

 世界遺産に指定されている比叡山延暦寺の総本堂に位置するのが根本中堂です。

 現在に見られる根本中堂は江戸時代の寛永19年(1642)に再建されたもので国宝に指定されています。外観以外の一切が撮影禁止となっています。

 現在の根本中堂は織田信長による比叡山焼き討ちの後に、慈眼大師天海が時の将軍 徳川家光に進言して寛永19年(1642)に再建したものです。

 一重入母屋造で、桁行11間(37.57メートル)、梁間6間(23.63メートル)、棟高は約24.5メートル、軒高は約9.8メートルの巨大な建物で、滋賀県では最大級の仏堂といわれていますが、重機が無い時代の山の上にこれほどの建築物を完成させるのには、どれほどの労力が費やされたかと考えさせられます。

 別サイトに比叡山延暦寺の写真のページを新設しました。ご覧ください。

延暦寺根本中堂の由緒

▼下は延暦寺根本中堂の門前に掲示されている駒札説明板(下の写真)の文を書き写しています。

根本中堂【国宝】

 延暦七年(七八八)、伝教大師が比叡山に初めて鎮護国家の道場として建立されたのが根本中堂の始まりで、比叡山の総本堂です。
 現在の建物は寛永十九年(一六四二)、徳川家光公により再建された比叡山様式の特色あるお堂で、ご本尊は伝教大師自作の秘佛薬師如来を祀り、内陣では毎日国の安泰と国民の繁栄を祈って、護摩が修せられ、宝前には有名な「不滅の法灯」が輝きつづけております。
上の文章は根本中堂の門前に掲示されている駒札説明板(下の写真)をそのまま再録しています。