光悦寺の宗派 日蓮宗
光悦寺の所在地 京都市北区鷹峯光悦町29
拝観時間
朝8時より夕5時まで
(11月10日〜13日は拝観できません。)
拝観 300円
光悦寺への公共交通機関
「鷹峯源光庵前」下車、徒歩数分
(地下鉄北大路駅より市バス「北1」系統に乗車)
光悦寺の由緒
本阿弥光悦(ほんあみこうえつ)が元和(げんな)元年(1615)に徳川家康より約9万坪もの鷹峯の地と176石の支配権と与えられたのが光悦寺の始まりです。光悦はここに草庵を建て縁者や芸術仲間、弟子、職人衆と共にこの地に移り住み、今で言う芸術村を作りました。一時は55軒もの屋敷があったそうです。それぞれ趣の異なる七つの茶室が光悦寺の境内に建っています。光悦垣に囲まれる大虚庵(たいこあん)は光悦が住居にしていたものを後に茶室にしたものです。三巴亭(さんぱてい)茶席には光悦の坐像を祀る光悦堂が置かれていて、他にも本阿弥庵、翹秀軒、騎牛庵などの茶室があります。
上の写真は秋の光悦垣に紅葉の枝が垂れここでしか見られない風情を作っています。光悦垣は上部に太い竹を水平に置き、その下に竹を矢来(やらい)状に組んで締める独特の工法の垣で臥牛(ねうし)垣とも言われています。
京都の市街地の北西に鷹ヶ峯、鷲ヶ峯、天ヶ峯の山の連なりがあり、その麓の地名を鷹峯と呼ばれ、古くからの農家が今も残り野菜畑があちこちに見られます。山の麓の高台にあり、京都の市街を見下ろせます。中の写真は光悦寺から鷹ヶ峯の丸い山容を眺めています。
別ページの光悦寺の紅葉の写真もご覧ください。